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2021年3月13日土曜日

尾崎放哉賞決定しています

 

第4回尾崎放哉賞が決定しました。

尾崎放哉賞のページ


入賞句を一部紹介します

<一般の部>

◆尾崎放哉大賞

  だんだん空が大きくなる坂を上る   東京都 遠藤 多満

◆春陽堂賞

  誰もいない野で水車が時を洗っている 兵庫県 堀尾 深放

◆優秀賞

 グラスの氷が溶ける音で切りだす話し  福岡県 丹村 敦子

 春を信じている継続定期券       東京都 中井 靖子

 薄野に乳房ひとつ隠して帰る      宮城県 汐海 治美

 僕ひとつ消えて信号は青        東京都 岩渕 幸弘

 背表紙だった鳥を放してやる      千葉県 小笠原 啓太


<高校生の部>

◆最優秀賞

  書架のほこりを射ぬく冬の光

      群馬県立伊勢崎興陽高等学校 大野 美空

◆優秀賞

  猫に旅をさせたくなる冬満月

      武蔵野大学附属千代田高等学院 岩崎 寿知

  入道雲の向こうまで歩いていけそうな夏

      名古屋市立桜台高等学校 川村 瑠美

  胸の奥つっかえたままのビー玉ひとつ

      東筑紫学園高等学校 宮川 唯

  髪をすすぐ明日きる髪

      角川ドワンゴ学園N高等学校 日和 沙絵

  夜が滲み出す校舎に座す

      愛知県立旭丘高等学校 渡邉 美愛

  桜が満開になる頃私たちはもう散っている

      群馬県立伊勢崎興陽高等学校 青木 美空

  マスク干す今日も世界の星は降ってる

      聖ウルスラ学院英智高等学校 横溝 麻志穂

  校庭の隅を彩るあなた

      岡山県立瀬戸南高等学校 森伊 七海

  会いたいと思うたび夜が曲がる

      東筑紫学園高等学校 勇 椋太

  水中から星をすくい上げた冬

      群馬県立伊勢崎興陽高等学校 上野 可蓮

  赤い弁当箱を水にさらしておく

      愛媛県立大洲高等学校谷本 かな子

2021年2月11日木曜日

青穂39号が発行されました

 




青穂39号が発行されました。
画像は、表紙(西部香代子画)、色紙(喜谷六花)、青穂抄(早舩煙雨選)

目次より本号の内容
・新同人紹介
・同人作品
・私の感銘句
・青穂の窓(平山礼子選)
・青穂第一句集互選互評⑨⑪
・エッセイ・評論
 久次縮酔 樹林の釣り2
 奥野 章 草木と遊ぶ 蝋梅
 平山礼子 久光良一句集「男という孤島」鑑賞
 久坂夕爾 酒本郁也句集鑑賞
 きむらけんじ「きまぐれ写俳日記35」
・一句鑑賞
・句会報
・そのほか
 お知らせ、同人情報、編集後記

(文:久坂夕爾)

2021年1月24日日曜日

河本緑石・家木松郎

 自由律関連の書籍を6冊購入。

・ふらここ叢書 河本緑石作品集1~5 河本緑石研究会

・戦後俳句作家シリーズ32 家木松郎句集 海程戦後俳句の会

河本緑石は、盛岡高等農林学校時代、宮沢賢治とともに「アザリア」という文芸同人誌を発行。詩・自由律俳句を書き、大空放哉伝という尾崎放哉の評伝も残しています。鳥取の自由律俳句の礎。

家木松郎は荻原井泉水の「層雲」、のち、金子兜太の「海程」に所属。


こういう類のものは(ネット上で古本を探す場合)「amazon」にはないことが多いですね。「日本の古本屋」で見つけました。

https://www.kosho.or.jp/


どちらもまだ読む時間がなくて積んでいますが。いずれ句抄をこのブログに挙げたいと思います。


(文:久坂夕爾)








2021年1月11日月曜日

新年

新年あけましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

コロナ禍が収束しない中、いろいろ不便な生活を強いられている方も多いのではないでしょうか。

個人的なことなのですが、私も高齢の母と半同居生活ですので、私が県外移動すると、母へのヘルパーさんが一定期間来てくれなくなる、母の通院に付き添うと県外移動時期やら説明せねばならず面倒が増えるという現実もあり、以前は2ケ月に1回くらいで行っていた東京の仕事は断るかリモートとなりました。東京・古書街に行くという気晴らしがなくなってしまいました。生活困窮者や自殺者が増えたというニュースはもっとも心が痛みますし、長いことフリー(真っ先に仕事を切られる立場)で仕事をしてきた私には他人事ではありません。

コロナに関し、どういう句が生まれているのかは興味があるところですが、自分だったら、未知のものが生き物のからだの中に入り込んでいる(入り込んでくる)恐怖感、しかも、それが太古から続いていることなど書きたいですねえ。

最新号の「青穂」からコロナ関連と思われる句をあげてみます。


虚ろな目に純情マスク            伊藤風々


しゃべりたい口に聞いてくれる耳がない    久光良一

キュウリとナスとマスクをお供え       福田和宏

コロナ禍の尻取ゲーム暇つぶし        𠮷田敷江

面会禁止の張り紙受付に「頑張れ」のメモ記す 埋田貞子

僕の濃厚接触者は猫背のねこです       伊藤人美

夏の雲体温計をはさんで36.5度      小山幸子

(社会的距離)守る蛍や無常の愛       中村友乙

 ※社会的距離に「ソーシャルディスタンス」のルビ

だれもが不安背負いながらマスクの中で笑う  南家歌也子

コロナ談義沸騰 青い朝顔ひとつ       平岡久美子

コロナ自粛の旅気分外から入るサービスエリア ちばつゆこ

会うこと控え窓越しの暑い夏とコロナ     加藤武

コロナの言葉でテレビを切る         菅沼良行

コロナ禍で予告なしの花火の音 響く     渡辺敬子


ある方から、コメントの書き方がわからない、という質問がありましたので、

このブログを読んでいただいている方全般にお知らせします。

①記事の下にある「0件のコメント」をクリックします

 すでに他のかたのコメントがある場合は、「0件」ではなく「1件」などとなります。

②太字で「コメントを投稿」というメッセージが現れますので、

 その下の枠部分にコメントを入力します

③コメントの記入者を「匿名」もしくは「名前/URL」を選択します

 「名前/URL」を選択した場合、名前とご自分のサイトのURLを記入します

④枠下の「公開」をクリックします

 ※実際には、ブログ管理者(久坂)が公開の手続きをしたと同時にブログに公開されます。

以上です。


(文:久坂夕爾)



2020年12月27日日曜日

種田山頭火全集

 春陽堂より新しい種田山頭火全集が刊行されたようです。


下記をクリックすると詳細な記事を見ることができます

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000016.000048069.html




大滝

 



写真を整理していたら、こんな写真が出てきました

昨年夏、蔵王にドライブした際のもの。

そのときに作った俳句が


大滝を底に置いて去る


人の手の触れぬ場所に、滝を置いて去って行った何者か。

(自作で申し訳ないです)


(文:久坂夕爾)


2020年12月16日水曜日

twitterの記事から

twitterをやっていると、ときおり面白い記事にであうことがあります。

もともと、自分から発信することはあまり好きではないので、

たいていは他人の書いた記事やつぶやきを読むだけなのですが。


最近見かけて「お気に入り」に入れている記事を少し紹介します。興味を引くものがあるでしょうか。


ちくま学芸文庫の記事より(シモーヌ・ヴェイユ「工場日記」)

詩も残している哲学者のヴェイユ。「重力と恩寵」読まなくては、と思いつつ。

映画「タゴール・ソングス」さんの記事より

インドの詩人タゴールにまつわるドキュメンタリー。来週見に行きます。

藤沢美由紀/毎日新聞社さんの記事より(新明解国語辞典)

 恋愛に関する記述を「男女」から同性も考慮した説明に変えようとした話題。国語辞典の編纂者であっても、「だけど『本来』の意味での恋愛っていうのは、圧倒的多数が男女だ。異性だ。」と主張する人がいるというのは、結構驚きでした。『本来』というのは歴史的に、という意味だろうか。まさか、生き物として、という意味だろうか。と少し考える。動物に同性愛があることも最近知られてきたんじゃなかったでしたっけ。人間の意識って染まりやすく変わりにくい、というおはなし。

内貴麻美/創元社さんの記事より(東千茅×吉村萬壱・人類堆肥化計画)

過度に美化された「自然」や「精神主義」に反旗を翻す内容らしく気になります。→どうしてもすぐ読みたくて電子書籍で買いました。

Minoriさんの記事より(トーベ・ヤンソン評伝の映画)

数年前に読んだヤンソンの短編はとても良かった。昔、英語の独学のために、ムーミン・シリーズのペーパーバッグを読んでいたことがあります。来年の公開が決まったようでこれも楽しみ。


※すべてtwitterのアカウント名および記事の内容です


twitterでは、その道の専門家のつぶやきに興味を惹かれることが多いですね。

昆虫学者、民俗学者、編集者、哲学者、人類学者、小説家、はては、

太平洋戦争当時の庶民の暮らしぶりを示す資料を蒐集している研究者だったり。

もちろん詩人や、創作者のつぶやきも。

好みに合いそうな本を見つけることも、

私にとって、twitterの大きな役割だったりします。

milk♪さんの記事より

あと、この記事はとても考えさせられます。「普通の人」のなかに厳然と存在する選民思想について。


(文:久坂夕爾)


2020年11月22日日曜日

青穂38号よりお知らせなど

 









青穂本誌38号よりお知らせを転載します。

①:山頭火コーナー
  山頭火ふるさと館情報(第3回自由律俳句大会作品募集)
  まつやま山頭火倶楽部
②:奈良ドットFM 報告

  奈良近郊であれば、下記「ラジコ」にて、インターネットを通して無料で
  FMラジオを聴くことができます。
  ラジコ

③:同人新刊案内
  酒本郁也「自由律句集三 磐梯」(電子書籍)


しかし、家庭用FAXでスキャンすると影ができやすいのはなんとかならないものでしょうか。。。


(文:久坂夕爾)


2020年11月8日日曜日

第4回尾崎放哉賞 応募締め切りが迫っています

 第4回尾崎放哉賞。

いよいよ募集の締め切りが迫ってきました。

締め切りは今月末11月30日必着です。ご応募よろしくお願いします。


応募は2句一組。
応募用紙は、下記サイトからダウンロードできます。

第4回尾崎放哉賞


***

放哉の作品から、私が好きな句をひとつ。

来る船来る船に一つの島


(文:久坂夕爾)

青穂38号が発行されました

 青穂38号が発行されました












画像は、表紙(西部香代子画)、色紙(萩原羅月)、青穂抄(無一選)

目次より本号の内容
・青穂2020年度 総会書面決議結果報告
・同人・準同人作品
・私の感銘句
・青穂の窓(黒崎渓水選)
・青穂第一句集互選互評⑩」
・エッセイ・評論
 小山貴子 「井泉水と放哉-放哉を葬る前後ー(3)」
 きむらけんじ「きまぐれ写俳日記34」
 久坂夕爾「詩はどこにあるのか③」
・一句鑑賞
・句会報
・そのほか
 麦秋欄、同人新刊案内、お知らせ、編集後記、山頭火コーナー
・第4回尾崎放哉賞募集案内

(文:久坂夕爾)


2020年11月1日日曜日

ハイクノミカタ


最近、俳句に関する面白いサイトが立ち上がっています。

ハイクノミカタ

日替わりの句鑑賞の執筆陣が、なかなか魅力的。

月曜日=日下野由季
火曜日=鈴木牛後
水曜日=月野ぽぽな
木曜日=橋本直
金曜日=阪西敦子
土曜日=太田うさぎ
日曜日=小津夜景


本日の小津夜景さんの鑑賞文より印象的な個所を引用。

歴史的にいって、詩歌(韻文)をつくるとは、虚構化の作業を意味する。それゆえ詩歌のイメージは映像化できないことが少なくない。たとえば石原吉郎の作品は、現実に対応しない言葉の構造を立ち上げ、風景になりそうでならないぎりぎりの世界を描いた典型だけれど、あのイメージの内圧の高さは実体を欠くからこそに他ならない。目をとじて風景とはぐれること、何ひとつ思い起こせない状態でたたずむこと、目をあけてもそこに何もないこと   これらは詩歌を読むときの、とてつもなく深い快楽でありうる

石原吉郎作品のイメージの内圧の高さを「実態を欠く」からこそであり、
「それこそが詩歌を読むときの快楽」でありうる、
と書いてあることは、賛同するかどうかはともかく注目していい言葉だと思います。
ちょうどいま、郷原宏著の評伝「岸辺のない海 石原吉郎ノート」を読んでいるところなので興味をひきました。

月野ぽぽなさんは、角川俳句賞の受賞者で、
自由律俳句誌「きやらぼく」の若手作家特集にも登場した方ですね。


「ハイクノミカタ」管理人は堀切克洋氏。
以下、「管理人について」より転載。
1983年生まれ。2011年7月「銀漢」入会、2014年同人。2014年、第6回石田波郷新人賞奨励賞、2015年、第6回北斗賞準賞、2016年、俳人協会第3回新鋭評論賞大賞、2017年、第8回北斗賞受賞、2018年、第一句集『尺蠖の道』上梓、2019年、第42回俳人協会新人賞、2020年第21回山本健吉評論賞。


(文:久坂夕爾)

2020年10月16日金曜日

宗左近句抄

 

響灘 潮が満ちれば必ず発熱する

帆柱山 ゆらり夕焼け 空の沖

目を開けぬ土筆の聴いている風の青

自殺願望とは他殺願望 乱れ太鼓の大花火

わたし下地っ子 蒲公英の羽根みな毟る

重かねえ 夕顔 わたしはわたしの肉なのね

火の海のなかの竜巻き おれの死体おれから噴き出して

熊蟬(くまんぜみ) 戦わない鏡を叩き割る

明日も敗戦日 真深にかぶった夜明けず

空の青 海の青 地上に棲めぬものばかり

冷凍の鱈仔が鱈たちになるだろう日のオーロラの空

虫すべて食べられ終えてから目を閉じる

空の黒い囚人服 干葡萄

きみの朧夜に舌の尖(さき)の灯を移す

萬緑の 少年の産む大卵(おおたまご)

死んで背泳ぎ 蛙の水掻きの空の白

蛤の太腿伸す月の梅雨

骨壺のなかの炎天 灰の花

蝸牛 夢の螺旋を這っていて

大空襲 美しさとは人を光にすることでした

骨を拾った箸だから焼くほかはない

枯山水 鬼面をとれば 顔あって

蛍二匹 光として 闇として

腐って行く桜桃のなかの大満月


※下地っ子 芸者見習い 作者の従妹のこと

宗左近は詩人、俳人、美術評論家。関東大震災で、一緒に逃げた母親を眼前で死なせてしまうという壮絶な過去を持つ。「炎える母」というタイトルの詩は、この経験に基づいたもの。近藤洋太「詩の戦後」によると、死の直前の言葉として、こう書かれている。

「カミサマの馬鹿野郎。プラネットに地球なんか生みやがって、だから俺は産まれてこなきゃならなかったんだ、メイワクだっ」

これらの一行作品を、作者は、俳句以前現代詩以前(意味的には「未満・以下・劣る」ということではなく、技法的にそれらとは別のもの、と私は解釈しています。)の「中句」と呼んでいたようです。個人的にこの作風はとても参考にしています。


宗左近の名を冠した俳句の賞があったのですが、残念ながら今はありません。

おおげさな物言いかもしれませんが、文化を下支えしているのは、案外手弁当・小規模なものが多く、好きなもの残したいものは「個人」が積極的にかかわっていかないと「大衆の嗜好」の影に隠れて消えてしまうものだと分かったのは、大人になってからのことでした。


(文:久坂夕爾)


2020年10月4日日曜日

同人の句より

直近の本誌から、私の興味を引いた句を。
気になる句があれば幸いです。
コメントは的外れ・不愉快かもしれませんが(句を読んでもらうきっかけにしたいだけですので)同人の方はご勘弁を。

産んだ児は蕗の葉に包み炎天の山道  渡辺敏正
 これは作者の土地の昔の風習でしょうか。子捨て(この風習は近年まであったと記憶しています)なのか、通常の子産みの場景なのか、無知な私にはわかりませんが、とてもリアルです。

風鈴の短冊どの本能を吊るそうか   田畑剛
青空敲けば菜の花ばかり       加藤邪呑
 「敲けば」が素晴らしい。「叩く」ではない。「問う」でもない。知らず知らず「音」の感覚を読者に意識させる。青空のなかに何があるか、敲いてみたけれど、中身は菜の花ばかり。鮮烈。

楽章終り歪な春の月に照らされる   後谷五十鈴
 「楽章」を人生の比喩と取ってしまうと少し通俗的かな、と。作者は本当に音楽を聴いていたのだと思います。音がやんで、ふと気づくと歪な月あかり。目覚めていたのか眠っていたのかわからなくなるようなよくある苦い混乱を思い起こしました。

ぼたん満開いつまで寝ているんだ   小山幸子
風のポピーやわな女は捨てました   高木架京
 「風の」の部分、多分作者としては必要だったのだと思います。とすると、ポピーは(「やわ」を捨てた今ではなく)「やわ」(過去)な方を象徴しているのではないか。

こっそりせめぎ合う割り算の余り   谷田越子
 ホールケーキを等分しようとした余りのことだと想像しました。

もう竹やぶの春風          井上敬雄
 「もう」がいいです。この2文字だけで作者の心情を類推するきっかけになる。「春風」は、轟音を伴った一瞬の強い風か。

カタカナ語が氾濫するやまいだれ   平岡久美子
 三十年くらい前ですが、やはり同じことは言われていました。カタカナ語(外来語のカタカナ表記)を氾濫させていたのは、当時の私よりはるか年上の大人たち。便所がトイレに、背広がスーツに、〇〇街ではなく〇〇タウンに。。。。。やまい(だと作者は感じている)は案外明治あたりからの現象でしょうか。

裏通り栓を抜かれた瓶と立っている  楽遊原
 ユーモラスな一光景。「栓を抜かれた」を回りくどいと見るか、作者の心情と重ねあわそうとするか、作者ならではの、いい感じに力の抜けた表現とみるか。

青空は逃げないのに不安定      伊坂恵美子
 「わかる」と一旦うなずいたのですが、「不安定」が漠然としていてモヤモヤする、という不満もあります。「逃げない」と「青空」を主語にしたことは面白いです。

ガード下夕陽をみがいていたまり子  久次縮酔
春の魚屋は雨の中にいる       伊藤風々
おとこは詐病し観音開きの闇を待つ  三好利幸
 「魚屋は雨の中にいる」「闇は観音開きの形をしている」、これは不思議な説得力を感じます。詐病、の沙汰を待っているおとこ。観音開きなのは、おとこの心情がそう感じさせるのでしょう。

手に十薬の臭い残し昼自宅      河野初恵
国捨てたおじさんに歯が無い     きむらけんじ
辿りついた鍵穴に受け入れられている 黒崎渓水
玉葱むきつつ女はだんだん無口になる 小山貴子

(文:久坂夕爾)

尾崎放哉賞募集中です

第4回尾崎放哉賞。締め切りは11月30日です。

応募は2句一組。
応募用紙は、下記サイトからダウンロードできます。

第4回尾崎放哉賞

ぜひご応募ください。

***

放哉の句から一句。

岩にはり付けた鰯がかわいて居る

私は研究者ではないので、放哉の句の特徴を正確に言い当てることはできませんが、私が放哉の句に感じること(好感が持てるところ)は、
・良い意味でのそっけなさ と
・動詞で終わることが多い
の2点。

掲句、干物にする鰯を岩に干している光景。じんわりと「かわいて」いる感覚が受け取れます。天日であれ機械であれ、今も海辺では見ることのできる光景でしょう。


(文:久坂夕爾)

2020年9月22日火曜日

まさかジープで来るとは

 

日常の微細な場面の「心理的落差」を掬い取った自由律俳句。

「カキフライが無いなら来なかった」「まさかジープで来るとは」

(せきしろ、又吉直樹共著)で知られる自由律の作風は現在人気があるようで、

せきしろ氏は、こういう公募もやっているようです。

https://www.koubo.co.jp/reading/rensai/oubo/haiku/jiyuritsu42.html


軽さや、心理に絞ったことの狭さを感じてしまうからか、

消費されやすいと思ってしまうというか、

単なる「そういうことあるよね」という共感ネタになりやすいので、

私自身は特に惹かれないのですが、

場のキャッチボールは成立しやすく面白いですよね。

こういうものもある、ということで。

日常の非常に小さな場面を確実にとらえうる眼を鍛える、

という点ではいいと思います。


(文:久坂夕爾)