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2021年9月11日土曜日

家木松郎句抄

頭にそそぐ空美しい機械となり

声小さき標本の一尾を海へはなつ

鹿点るてっぺん華麗な禁漁区

未明の杉少女指よりインキ流し

砂うごく月の柩を埋めるため

雲の市場卵売り卵降らせ

鏡の底の詩人と話す少女の首

背と背の朝鳥類の風とおす

首しまる兎に長い風林


旅行記に未婚の鳥をさがす女

吹奏楽顎紐の雪に消える兵士ら

雪を背に走れば走れば髭愛し

弟の暗い肩まで楽器沈む

月のぐるり四つ脚で走れガラスの男

靴の先美し教師ら時計嗅ぎ

掘りすすむ雪のなかまで夕日の犬

肺を嗅ぐ汽船のような白夜過ごし

ガラス玉の光線は黄なり母の背よ

蛇をころし庭掘るまぶしい他人の足

咳ひろがる葦間の太陽滑車にのせ

音楽の木立ならべる円い草原

くら闇に裸木ながし膝まで水

函のなかに風の記号の甲虫

雪虫殖やし僧ら敗走す月の村

肺のなかに枯草の点り母とびたつ

神々の額ぞ白し村境

水銀降る森の外れの料理番

風が消え村が消え一月の細身の鴉

風の国の夜行鳥獣発熱せり

からだじゅうの暗がり探せば流るる水

濃霧警報日本海で顔洗う



家木松郎略歴

(戦後俳句作家シリーズ32 家木松郎句集/海程戦後俳句の会 より抜粋)

明治28年生まれ

昭和25年 「層雲」同人

昭和36年 句集「発熱」

昭和40年 「海程」同人

昭和46年 句集「前景」

昭和52年 家木松郎句集(戦後俳句作家シリーズ32)




状況を描くのではなく、状況の核を描くことで、ときに繊細でときに清冽な絵画のような印象を与えます。


未明の杉少女指よりインキ流し

鏡の底の詩人と話す少女の首

 未明の暗闇に浮かぶインキのような杉が、まさに少女の指から流れ出す様子。

 鏡の底にいる(実体のない)「詩人」と話す少女。「顔」ではなく「首」としたリアルな実体観との対比。

 もっとも絵画的な印象を持った句です。

背と背の朝鳥類の風とおす

 背と背、という限定的な光景が、「鳥類」ということばで一気に拡がるすがすがしさがあります。

声小さき標本の一尾を海へはなつ

 魚の標本を海にかえしてあげる場面でしょうか。ちいさな魚のちいさな声は、生きていた時の海に還って、ちいさいながらすべらかな声を発するように思うのです。情感豊かな一句。

砂うごく月の柩を埋めるため
 砂浜の月明りが、波打ち際の砂とともに揺れている、と状況を言葉で解釈しようとしてしまうとなんだか陳腐になってしまいますね。砂が静かで確固たる意志を持っているように描かれているところが良いとともに、この句には「時間」が流れているように思えます。



(文:久坂夕爾)


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