頭にそそぐ空美しい機械となり
声小さき標本の一尾を海へはなつ
鹿点るてっぺん華麗な禁漁区
未明の杉少女指よりインキ流し
砂うごく月の柩を埋めるため
雲の市場卵売り卵降らせ
鏡の底の詩人と話す少女の首
背と背の朝鳥類の風とおす
首しまる兎に長い風林
旅行記に未婚の鳥をさがす女
吹奏楽顎紐の雪に消える兵士ら
雪を背に走れば走れば髭愛し
弟の暗い肩まで楽器沈む
月のぐるり四つ脚で走れガラスの男
靴の先美し教師ら時計嗅ぎ
掘りすすむ雪のなかまで夕日の犬
肺を嗅ぐ汽船のような白夜過ごし
ガラス玉の光線は黄なり母の背よ
蛇をころし庭掘るまぶしい他人の足
咳ひろがる葦間の太陽滑車にのせ
音楽の木立ならべる円い草原
くら闇に裸木ながし膝まで水
函のなかに風の記号の甲虫
雪虫殖やし僧ら敗走す月の村
肺のなかに枯草の点り母とびたつ
神々の額ぞ白し村境
水銀降る森の外れの料理番
風が消え村が消え一月の細身の鴉
風の国の夜行鳥獣発熱せり
からだじゅうの暗がり探せば流るる水
濃霧警報日本海で顔洗う
家木松郎略歴
(戦後俳句作家シリーズ32 家木松郎句集/海程戦後俳句の会 より抜粋)
明治28年生まれ
昭和25年 「層雲」同人
昭和36年 句集「発熱」
昭和40年 「海程」同人
昭和46年 句集「前景」
昭和52年 家木松郎句集(戦後俳句作家シリーズ32)
状況を描くのではなく、状況の核を描くことで、ときに繊細でときに清冽な絵画のような印象を与えます。
未明の杉少女指よりインキ流し
鏡の底の詩人と話す少女の首
未明の暗闇に浮かぶインキのような杉が、まさに少女の指から流れ出す様子。
鏡の底にいる(実体のない)「詩人」と話す少女。「顔」ではなく「首」としたリアルな実体観との対比。
もっとも絵画的な印象を持った句です。
背と背の朝鳥類の風とおす
背と背、という限定的な光景が、「鳥類」ということばで一気に拡がるすがすがしさがあります。
声小さき標本の一尾を海へはなつ
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