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2026年9月28日月曜日

第10回尾崎放哉賞募集中(11月30日締切です)

 第10回尾崎放哉賞の募集中です。

11月30日の消印有効、二句一組で投句料は2000円となっています。

また、高校生は半額で何句でも投稿できます。


詳細は以下のリンクをクリックしてください。

尾崎放哉賞


(文:久坂夕爾)


きわめて個人的な感懐として

 いつも訪問ありがとうございます。更新が滞っている今でも、1日平均200ビュー以上ありまして、ありがたいことです。今回は最後の記事、ということで、詩に関するごく個人的な感懐を述べてみたいと思っています。言わずもがな、とは思いますが、これから書こうとしているのは、久坂個人の意見や述解であって、青穂とはまったく関係ないことをお断りしておきます。


 高校生の頃、文学部に所属していました。確か十数人部員はいましたが、本気で文学・詩が好きなんだなあ、と見えたのは一人だけでした。部誌とは別に、ともに同人誌を企画発行したりしましたが、そのK君もその後筆を折ります。「君には才能がある。俺の分まで頑張ってくれ」などと言われたけれど、うれしくなかったなあ。むしろなぜ辞めるのかと怒った覚えがあります。「いや、ここの詩句は少し安易だろ」などと気安く言い合えた詩友は、結局このK君だけでした。現代ではこういう批評も『悪口』のように聞こえてしまうんでしょうね、きっと。部内では作品を持ち上げられることも多かったけれど、居心地が悪いばかりで、結局幽霊部員みたいになってしまいました。この時の、求めるものが根本的に違う集団に所属することの落胆や居心地の悪さは、その後、俳句や詩のサークルに所属しようかと思ったときの大きな逡巡につながっています。そして、詩歌というジャンルはプロアマの境がはっきりせず、また、特に短歌俳句は流派という悪しきセクショナリズムを抱えていると知ったのは十年ほどあとのことです。(『文人俳句』ってなんだ!とか、俳句も短歌も同じ韻文(詩)だろう!とか、憤慨した覚えがあります。)

 小説をやめ、詩だけ書いていた私が俳句も書き始めたのは、もっと単純で短いことばでなにか表現できないかと模索したことがきっかけですが、当初自由律俳句には、俳句にも、いい印象はありませんでした。放哉はともかく、山頭火の自己愛の強い(と私には感じられます。もちろん作品の良し悪しとは関係ありません)作風は敬遠していましたし、ネットでちらと見かけた結社の自由律俳句もどこか物足りないものが多い。「一行詩」と銘うって活動しようか、「中句」(宗左近の命名)としようか、迷っていたときに見つけたのが飯島翠壺洞という自由律作家。国会図書館で「層雲」のバックナンバーを漁って、こういう書き手がいるのなら現代の自由律俳句も悪くない、と思ったことを覚えています。

 このとき感じた「物足りなさ」の原因は、散文的であること(意味偏重であること)と趣味的であること。前者はまだいいんです、目指す作風の違いだから(嫌いだけれど)。後者が困るのは、根本的な目的が違う(個人の愉しみやコミュニケーションが主目的になっている。共感するかどうかが主眼になることが多い。)こと。『自分の素直な気持ちを自由律俳句にして』とか『誰にでもわかりやすく自由なリズムで気持ちを伝える』などと謳ってある自由律のサイトを見ると、個人的にはかなり違和感があります。

 この違和感について、いろいろ考えてみたことがあるのですが、多分、ことばで創作する方のなかにある、『「技術」「知識」「感性」への無意識の軽視』への違和感なのではないか、と思ったことがあります。それが正しい答えかどうかはわかりませんが、印象に残っていることがふたつあります。

 ひとつめ。商業詩誌への投稿とインターネット(HP、ブログ)の2つを主軸に詩を作品発表していたころ、あるかたが同じようにネットに詩を発表していたのですが、その方ははっきりと明言していたのです、「私の好きなように書いて発表しているだけで、それに共感してくれる方だけを求めている。批評は望まない。」というような趣旨のことを。これにはびっくりした記憶があります。不特定多数に向かって発表しているにもかかわらず、この認識は何だろうと。(今では、私のようにびっくりする人のほうがたぶん少数派なのだろうという想像はいやでもつきます。)

 ふたつめ。自分のブログで茨木のりこの「倚りかからず」だったか「自分の感受性ぐらい」だったかの詩を批判したことがありました。この方の他の詩に比べて散文的すぎて、ここには詩人の意見が目立つばかりだと。これに反発した方からメールが来たのですが、「詩人に怒られているようで目が覚めた」とか「感動した」という言葉があるばかりで、私の論点についての批判になっていなかったんですね。まあ、私はもともと散文的な詩が好きではないのですが(立原道造という詩人があるとき友人への手紙にこう書いています。『高見順なんて大嫌いだ。散文精神なんて死んでしまえ』と。。気持ちはよくわかります。)、「自分がそれをどう受け取ったか」だけで作品を見てしまうのはどうなんだろう、ともやもやした気分になったものです。作る立場に立っていないのではないかと。たとえば、たとえ日曜画家であっても「青空」を表現するために「青絵具で塗りつぶす」ことはしません。偉そうなこと書きましたが、私自身が常に迷うことでもあります。作品の出来不出来とか作風の違いなんて、これらに事柄に比べれば実はささいな問題なのではないかと考えることもあります。

 「青穂」に入る際、見本誌を読んで、こういう方が書いているのなら少し安心だ、と思ったのは、きむらけんじさんと加藤邪呑さん。きむらさんの句は、共感性が高いので同人内では人気だと思いますが、私の評価はそこではなく、換喩の使い方が抜群にうまいからですね(結果的に共感性が増す)。加藤さんの句は、感覚的な正確さ。多分、「意味」だけをとろうとする方には難しく見え、「正確さ」を感じ取ろうとする方にはオーソドックスな表現に見えるはずです。摂津幸彦という俳句作家を難しく感じる方がいる(きっと『頭』で考えて読みすぎているのでは)のも同じ理由かもしれません。それから、ほぼ毎号のように載る小山代表の研究資料。これも同人誌にはめずらしいことです。

 これは以前どこかのエッセイに書いた覚えがあるのですが、多くの人は、日常の言葉使いで多くの比喩や飛躍、フィクション表現などを使っているにもかかわらず、いざ「詩」を読むときは文章を読むように読んでしまう。映画も小説も音楽も、古今さまざまな技法技術を取り入れているにもかかわらず「詩」となるとそれらを否定してしまう。これらは、『書く』ハードルが低い「詩」の宿命かもしれません。ただ、現代短歌には大胆に「はなしことば」を取り入れてユニークなものがありますよね。「短歌を使って気持ちを伝え」ようと考えるのではなく「(気持ちを伝えることも含め)短歌に何ができるか」模索する新しい書き手がいるからでしょう。自由律俳句の誕生にも、結局は俳句という短い表現で何ができるか、という思いがいちばん最初にあったはずです。

 自由律俳句に何ができるか。私が十年ほど書いてみた感想は、「俳句であっても、フィクションも物語性も十分扱える。」というものでした。定型ではかなりアクロバティックな言葉使いをしないと実現できないものです。もちろん、その先にあるものこそが主題ですが、私の力量がそれを描くのに足りているのかはわかりません。個人的には、上記に書いたことのほかには、もっと『話しことば』を取り入れてもいい、もっと身近な(でも個性的な)題材はたくさんあるはず、との思いがあります。


 上述した、商業詩誌やネットで発表していたころ、もう三十年も前のことですが、ファンだと言ってくれた方(確かカメラマンの卵だと言っていました)から「なぜ詩を書くのですか」と聞かれた際、こう答えた覚えがあります。 「そのときそのときの、自分自身を含む世界そのものを、そのまま切り取っておきたい」と。今もそれは変わっていません。ビクトル・エリセ監督の映画「マルメロの陽光」をご存じの方は多いと思いますが、まさに、私がやっていること自体はこの映画に出てくる画家と同じだなあ、とつくづく思います。そして、人生に踏みつけられそうなときもありながら、詩はつまらないと言って小説ばかり読んでいた(講談社文芸文庫はかなり読破しました)時期もありながら、それでもまだ読みたい・書きたいと思わせる詩というものの不思議を思います。

 最後に、物故ですが現代の自由律俳句作家のおすすめと、最近あまり詩歌を読んでいませんので、ここ数年で私が読んだ俳句以外の収穫を載せておきます。私の志向と近い方はご参考までに。長文失礼いたしました。

 

 自由律俳句:飯島翠壺洞、高田弄山(クリックするとブログ記事が開きます)

 詩:パウル・ツェラン詩文集/飯吉光夫訳(白水社)

 そのほか:小林美代子「蝕まれた虹」(鳥有書林)

      ゼーバルト/鈴木仁子訳「土星の環」(白水社)

      小梅けいと/スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチ原作

           「戦争は女の顔をしていない」(KADOKAWA)

      ダンセイニ/原葵訳「ヤン川の舟歌」(国書刊行会)

(文:久坂夕爾)


2026年7月13日月曜日

初期伊万里小溝窯の陶片(黒崎健一共著)

 






 高校生の頃、ふと思ったことがあります。教科書は何故政治史中心なのかと。「〇〇幕府滅亡」などと書いてはあるが、人が滅んだわけではない。人々の暮らしの軸はそれほど変わらなかったのではないかと。そんなふうに思った方、いないでしょうか。きっといると思うのですよね。政体の変化などよりも、貨幣の発生とその流通、土地所有の変遷、暮らしを支える道具(交通機関などのインフラも含む)の変化。それひとつひとつを中心にまとめられていたっていいのに、と。そのほうがより人間の歴史なのだと。

 青穂同人の黒崎渓水(健一)さんから贈呈されたこの書籍を受け取ってすぐ、思い出したのは上記のようなことでした。
 この著作は、佐賀県有田町の小溝という地域で出土された膨大な磁器片を収集・分類・分析した学術的な著作です。ですので、細かい分析などは素人の私などにはわからない部分も多いのですが、こういう学術書を斜め読みする面白みは、地理的にも時間的にもあらゆる文化の断片は有機的につながっているのだと腑に落ちること、ですね。磁器に描かれた絵やデザインの出自(手本)に関する記述はとても興味深く読みました。
 この、「有機的につながっている」という視線を通すと、世界の様相(ことばの様相でもよいのですが)は、世間的な言質とは全く異なってくる。

 私が定期購読している冊子のひとつに、岩波書店の「図書」があります。この「図書」も、専門家(考古学者、人類学者、映像作家、陶芸家、文学研究者などなど)による著述が並んでいて、興味深く読んでおります。

 政体というもの、つまり教科書のようなもの、は、いわば町のメインストリートのようなもので、華やかでわかりやすいのですが、人間の実態というのはそこにはやっぱりないんですよね。一本道をはずれた地味な小道のなかに、目をしかめるような激しさや醜さやいじましさややさしさや凍り付くような生活の匂いがある。そんなことも思いました。

 あらためて、黒崎さん、著書をありがとうございました。

(文:久坂夕爾)

※約半年ぶりのブログ更新となってしまいました。
 このブログは、私・久坂の個人的事情により、あと1回で休止とさせていただきます。最後の1回は、自由律俳句(俳句)を始めたきっかけや、今、自由律俳句(俳句)に思うことなどを忌憚なく書こうと思っています。なるべく早く掲載しようと思いますが。。